ココット*手帖
2017年12月25日月曜日
Merry Christmas🎄2017
雪国の森の中にいるような懐かしい匂いがする
オレゴン産のモミの木スワッグ
セルビアに何度も渡航しているKさんが沢山話を聞かせてくれた♪
来年は一緒にクステンドルフを目指す所存であります!!
いつものツリーと
枯れ枝にストローオーナメントを久しぶりに飾ってみる。
松ぼっくりとトチの実、フェルトのキノコも。
身体が温まる熱々ホットワインにシュトレン
@カフェ きょうぶんかん
窓際の席からは賑わう銀座中央通り♪
2017年12月20日水曜日
アップルクランブル
今年も秋田から太陽の恵みが届いた♪
早起きしても外はまだ暗く、
窓のカーテンを閉めたまま支度をする毎日。
冬至が過ぎたら少しずつだけれど日の出も早くなる。
(今年の冬至は12月22日)
蜜がたっぷりの秋田ふじにクランブルをのせて
焼いたアップルクランブル。
サクサクのクランブルの下にとろとろ林檎♪
2017年12月15日金曜日
やさしくなあに
“”奈緒ちゃん”シリーズ第4作目 〔やさしくなあに〕
〔希望のかなた〕を観賞後は、もうひとつのスクリーンでは
〔やさしくなあに〕がちょうどスタートの時間だった。
久しぶりにスクリーンに映る“奈緒ちゃん”に会った。
奈緒ちゃんは40歳を超えていた。
障がいのある奈緒ちゃんとその家族を撮り続けて35年。
奈緒ちゃんが8歳のお正月から撮り始める。
撮るのを止める理由がみつからないので撮り続ける!と伊勢監督。
私は奈緒ちゃんのお母さん信子さんのファンでもある。
いろんなことがありながらも前へ前へと向かう姿には脱帽する。
奈緒ちゃんたちは、横浜にある福祉施設「ぴぐれっと」で
パンやクッキーを手作りして販売している。
直径が10cm位の円柱型のチーズパンはずっしりと重く
この重さはチーズがどっさり入っているからだなと期待しながら
帰路につき、翌朝厚めに切って軽くトーストして食べたら
なんとなんとその美味しさにびっくり! また食べたいな♪
第一作目の〔奈緒ちゃん〕 1995年
2017年12月14日木曜日
希望のかなた
週末、渋谷ユーロスペースはチケットが入手しにくかった。
ならば横浜のジャック&ベティへ行こう。大好きな中華街もあるし
一石二鳥ということで朝一番で出向き、早い番号の整理券をもらう。
難民問題を題材にした作品。お役所は規則にのって事務的にしか
ものごとを処理しない。難民を助けたのは国ではなく個人だった。
個人が集まり “みんなで救う” 。
愛とユーモアにあふれるアキ・カウリスマキの世界。
・・・
すっかり日が暮れてからの中華街。
もう春節の飾り付けがされていて道行く人皆カメラを向けていた!
2017年12月10日日曜日
シネマ・トリップ2
2日目の午前中、ホテルから30分程歩いて永楽市場まで行った。
行きは建物の古さとレリーフに気をとられ気づかなかったのだけれ
ど帰り道そのレリーフの建物の反対側に「二・二八事件引爆地」の
記念碑がひっそり建っているのを見つけた。
1947年2月27日、ヤミ煙草売りの女性が警官に暴力を受けたことが
きっかけで台湾全土の長きにわたる大弾圧がこの場所から始まった。
レリーフの建物はかなり古そうだけれど、もし築70年以上経って
いるなら事件の一部始終をみていたことになる。
中山堂
夜の九份を後に
タクシーで瑞芳駅へ戻り
待合室のベンチで帰りの列車を待っていたら
目に飛び込んできた
鳥海山の文字。
秋田由利高原鉄道の鳥海山ろく線と
台湾鉄道の平渓線は
姉妹路線なのだとか。
まさか台北のこの小さな駅でナマハゲに会うとは^^
そういえば、北投石という石(鉱物)は
台北市にある
北投温泉と
秋田の玉川温泉からしか採れない石でどちらも天然記念物に指定されて
いるという。
北投石と呼ばれる
由来は台北にあったのだね。
この夏、東京から台北に移り住みラーメン屋さんになったAくんの
醤油ラーメン。〔麺SATO〕の麺は自家製麺でスープともに絶品!
また食べたいな!!
台北郵局
台湾では古い建物はリノベーションで出来るかぎり残していくという。
レトロで趣のある通りが多く、写真に納めたくなる風景がたくさん。
街も人も渇いていないという印象。
次は台中、台南にも足を延ばしてみたい。
2017年12月7日木曜日
シネマ・トリップ1
今年はエドワード・ヤンの傑作
*
から始まり台湾映画を数本観た。
中でも〔悲情城市〕は何日も何日もその哀しみが身体の片隅に
住みつき忘れられないものになった。
1947年2月28日から1987年7月15日戒厳令解除までの40年の間に
何人が逮捕され、投獄され死刑になったのか。
侯孝賢は戒厳令解除からわずか二年後の1989年に〔悲情城市〕を撮った。
長い間、公に語られることのなかった二・二八事件を描いている。
ヴェネツィア映画祭ではこの作品に金獅子賞という最高の栄誉が与えられ、
その後、舞台となった九份はこの作品の成功により屈指の観光地になった。
〔悲情城市〕の冒頭は九份のこんな風景からはじまる。
もし、映画を観ていなければ普通の綺麗な景色として通り過ぎると
思うけれど、映画のおかげでテーマ曲も蘇り、心に染みる特別な
風景だった。
撮影に使われた店。映画のヒットにより店の名前を
「悲情城市」とかえて営業中。チャーハンおいしかった♪
昇平戯院
昇平戯院でかかっていた映画〔恋恋風塵〕1986年
入場無料で自由に鑑賞できる。
歴史のある古い劇場でレトロな雰囲気がとてもすてき。
できることならこの劇場で〔悲情城市〕を観たかった!
ランタンに灯りがともると〔千と千尋の神隠し〕が脳裏を霞める。
土産店ではカオナシの人形があちこちに並んでいた^^
・・・
台北之家
元アメリカ大使館だった建物は侯孝賢がプロデュースする
ミニシアターになっている。中にあるカフェの名前は侯孝賢自身の
映画のタイトルがつけられている。
・・・
明星珈琲館(2F)
珈琲館といっても2Fでは本格的なロシア料理をいただける。
台湾ニューシネマの映画人たちのミーティング場所でもあったとか。
明星珈琲館の入り口階段
みんなこの階段を上ったのだな。
・・・
いよいよ
牯嶺街
へ
事件のあった頃(1961年6月)
牯嶺
街は古本屋が並ぶ街だったが
今は古切手や古葉書などを売っている店が多い。
“ 牯嶺街 ”の3文字を見つける度にiphoneをとりだす^^
牯嶺街から歩いて建国中学へ
守衛のおじさんが、入り口廻りならどうぞと許可をもらい
写真を撮らせてもらった。
エドワード・ヤンも事件当時この建国中学に通っていた。
上級生の少年がおこした事件だった。それから30年後に
〔
牯嶺街少年
殺人事件〕を撮った。
もう一度、エドワード・ヤンの言葉
「
歴史の授業で教えられることに私が不信を
ぬぐえないのは、
自分が個人的に経験してきたことが歴史には記録されて
いないからだ」
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