2016年3月27日日曜日

ハルがきた



ハルくん、また春🌷がきたね



6度目の春🌸だね


笑うハル😊



ハルNOW




Photo by Kawさん



春の息吹


昨年9月にフリーマーケットに並んでいた苔テラリウム。
蓋つきのガラス容器に牛さん付き。一週間に一度霧吹きで水をあげる
だけ。そのとき容器の底に水がたまらないように注意。
それと、直射日光に当てるのもNG。枯れてくるらしい。


買ったばかりの頃は青々としていたけど冬の間少しずつ茶色になり
春が近づくにつれ新しい苔がちらほら見えてきたところ。
普段は湿度を保つためガラスの蓋をして育てます。
Feel The Garden*


今年は早いと予測されていた桜もまだ半分くらい
2016_0326 @東京ミッドタウン







2016年3月24日木曜日

タルタルサラダ





ゆで卵3個に玉ねぎ一個分のみじん切りとピクルス、パセリ
を少し加えるだけでボリュームあるサラダになります。

こちらも土井善晴さんのレシピです*

ピクルスを大根やきゅうりの漬物にかえてもけっこう
美味しくてご飯にも合います。



ピクルスは作っておくと何かと便利!




2016年3月17日木曜日

青春18切符





青春18切符でのんびり各駅停車の旅。信州へ。
新宿からJR中央線で約4時間半。

最初の目的地は小海線八千穂駅

駅の入り口では白樺の鹿がお出迎え。



駅前にある『奥村土牛記念館』が来たかったとこ ろ。
(館内は撮影禁止です)

数年前べにや民芸店でみた『聖牛』を再びみることができた。
土牛の十二支も展示されている。やっぱり奥村土牛はいいなぁ
来てよかったなぁと満足。


*



ふたつ目の目的地へ。
八千穂から小淵沢で乗り換え、茅野駅までは約2時間。
茅野駅から歩くこと30分(土・日・祝はバスが運休)
目指したのは『神長官守矢史料館*』


「軒が寂しいので四本柱を建てようとして、偶然鉛筆が走って軒を
突き抜けた。こうして正面の柱ができた」
(藤森照信氏の解説書から)






史料館の裏にも藤森建築がふたつ並んでいます。



『空飛ぶ泥船』という茶室

高過庵(たかすぎあん)という茶室

どちらも中には入れないのが残念です。
遠目にこの建物をみつけたら真っ先に駆け寄りたく
 なる不思議な魅力があります。


藤森建築はこれまでも面白い建物がたくさん。
国分寺にある藤森氏自邸のたんぽぽハウス(屋根に日本たんぽぽ
を植えている家)や赤瀬川邸のニラハウス(屋根にニラを植えて
いる)など、いちどは見てみたいユニークな建物が多いのです。


〜〜〜〜〜  おいしい備忘録  〜〜〜〜〜


 茅野駅前の “蕎麦更科” で小津安二郎が好きだったという
日本酒ダイヤ菊を馬刺で一杯。他につまみ数種たのんで。
〆の蕎麦もつまみもどれも美味しかった。
翌日のお昼もここへ。


八千穂駅前の“レストランたかとんぼ”は
薪ストーブとクラシック音楽が流れている落ち着いた雰囲気。
信州産サーモンのロースト。付け合わせの野菜もサラダも味が
濃くておいしかった。

*

若い頃『青春18切符』であちこち旅をしました。
時刻表をカバンに入れて、乗り換えのたびに次の電車を調べて乗って
降りてを繰り返すのがほんと楽しかった。
“青春18切符”という名称のせいか若い人しか使えないと思ってい
る人が案外多いのだけど、いくつになっても何歳でも使えます。









2016年3月10日木曜日

クルミ入りブラウニー




焼き菓子は焼きたてよりも
2、3日おいたほうが味がなじんで美味しくなります。



クリスマスケーキで余ったクルミやドライフルーツを
ブラウニーに入れてみました。

クルミ1カップ弱、
レーズンとナツメヤシ合わせて1カップ弱。
どっしりと重さも味もヘビーなブラウニーです。

いつものレシピ*にクルミとドライフルーツを入れて
その分ラム酒を少し多め、オレンジリキュールを少し入れました。
天板にお湯をはって焼くとしっとり焼き上がります。





2016年3月5日土曜日

国境



久しぶりの映画館で二本ハシゴ。
一本目は『オデッセイ』
火星に一人とり残されてしまう宇宙飛行士のはなし。


二本目『ディーパンの闘い』
昨年カンヌ映画祭でパルムドールに輝いた作品です。
内戦下のスリランカから逃れる為、偽装家族の3人が
フランス(パリ郊外)へ渡り様々なことに直面していく物語。




宇宙から地球を眺めたら国境など無意味なものに違いない。
戦いや暴力から逃れるため国境を越えたのにたどり着いた先
でも暴力に見舞われ、自分のテリトリーに白い線(国境)を
ひくディーパン。
それぞれまったく違う映画なのに、二本に共通している
メッセージのひとつが “国境”というものだった。